かっこいい匠たちvol.9
“日本伝統技術を受け継ぐ静岡の畳職人”
静岡市内で親子4代続く畳職人新海さん。手縫いから機械縫い、畳替え(裏返し・表替え・新畳入れ替え)、通常の回し敷きだけでなく半畳市松敷きやモダン乱敷き、置き畳、介護用畳など、伝統的な手縫い工法から現代の機能性やデザイン性の高いものまで、畳に関するあらゆる依頼に応えている。
“技術のある畳職人になるのは自然なことだった”
「畳屋の環境で育ったからか、畳職人になるのは自然なことでした。幼稚園の頃に『畳屋になる』と言っていたそうです。高校生のときに、駿府城にある紅葉山庭園の庭園、日本家屋、畳も京都の職人が造ったことを知り、京都の技術を学びたいと思いました。畳は、関西の「京間」と関東の「江戸間」で違います。同じ畳数でも「京間」は「江戸間」よりひとまわり大きく、作る手順や縫い方、仕上がりも異なります。京都で手縫いの技術を学びたいと思い、実践で知識と技術と経験を学べる京都畳技術専門学院に入学しました。京都市内の畳屋に弟子入りして昼間は住み込みで修行、夜は学校に通うコースで勉強しました。」
「畳屋と言っても、機械縫い専門の店、手縫いをメインする店など様々です。弟子入りした畳屋は、ほとんどの工程を手で仕上げ、お寺や茶室など伝統的な日本建築向けの仕事をしている畳屋でした。学べる手縫い技術、仕事内容、実績を考えると、京都でも一番良い畳屋で学べたと思っています。後で知ったことですが、駿府城の紅葉山庭園の畳を入れた畳屋だったんです。」育った環境から良い畳を見る目が養われ、日本建築のための日本の畳技術を学びたいというご自身の気持ちがつないだ、縁と経験だったのかもしれない。
“いい畳職人とは”
「畳屋は仕立て屋のようなものです。仕入れてきた材料を縫い合わせる仕事。時代の流れで、量産用の作業性が良い安価な畳もありますが、高級品は1畳30万円するものもあります。最高級の畳は、材料から仕上げまで人の手で行います。国産のい草、手染め・手織りの縁など、材料だけでも仕上がりが全く違います。更に手縫いの畳では、精密な加減ができるかが職人技とも言えます。いい畳職人は、厘単位(1厘=0.3mm)で畳を調整します。木材や大工さんの施工など様々な要因で部屋寸法の誤差や歪みも出るので、それらに合わせて畳を作ります。畳を敷くときは数ミリ違うだけでも隙間ができ、ホコリが溜ったり、歪みがでたり、乾燥、湿気、虫がつくなどの原因にもなります。きっちり隙間なく畳を作って敷くのが畳屋の仕事で、職人の技術によって収まり感や耐久性も違ってきます。いい職人の手で仕上げた畳は、機械ではできない厘単位でその部屋にきっちり合うように調整されています。」
“お客様が納得できる畳を選んでほしい”
「お客様にお会いしてご要望を聞いて畳を作るのが楽しいです。特に張り替えの依頼では、きれいになったね、いい香りがするね、と喜んでいただけるのでとても嬉しいです。お客様は費用も考えますし、商売でもあるので、材料、工法、仕上げを含めた質と価格を考えなくてはなりません。材料も国産か外国産か、素材によって手触りや仕上がりが全く違うので、違いをしっかり説明をして選んでもらうようにしています。低価格帯から高価格帯の商品まであらゆる畳を提案できるので、いろんな選択肢があることを理解してご自身に合うものを選んでほしいと思っています。」
「静岡市にある今川家の菩提寺、臨済寺(※1)、静岡浅間神社の境内にある少彦名(すくなひこな)神社(※2)の改装、最近ではお茶の先生の茶室に携わらせて頂きました。日本建築の仕事は、自分の手縫い技術が発揮できる仕事でもあるので、とてもやりがいを感じます。」精密な手縫いの技術があるからこそ、日本古来の建物から現代住宅用の機械縫いまで対応ができる。伝統技術というのは時代を超えるものなのかもしれない。
※1 臨済寺:今川氏親が今川義元のために大原雪斎を招き建立、幼少の徳川家康が今川家人質として預けられ教育を受けていた寺。重要文化財に指定されている。
※2 少彦名(すくなひこな)神社:静岡浅間神社の四境内社のひとつ。170年前に建立され重要文化財に指定されている。病気平癒(びょうきへいゆ)、技芸上達のご紳徳がある。
“いい畳は人に良い”
「フローリング床が主流になり畳離れも進んでいますが、最近では畳への憧れや、畳を使いたいという人も増えてきていると感じています。商品ラインナップも、フローリングに敷ける畳、デザイン性や用途に応じた機能性がある畳など多様になっています。い草には、抗菌作用、空気清浄、湿度調整の機能があり、い草の香りにはリラックス効果、集中力が増す効果もあるので、畳自体の良さが再認識されています。家は気持ちが安らぐ、落ち着ける空間であってほしい。畳の部屋は、気兼ねなくごろんと横になったり、一息つける場所として、こだわっていい箇所だとも思います。最近では自宅にこだわる人も増えてきています。自分ができることは、お客様のこだわりに応えられる『質』を保つことだと思っています。」
“いい畳は社会に良い”
「木造の日本建築住宅は手入れをすることで長く使えます。家に釘を使わなければいつまでも使えるのと同じで、畳も良い自然素材で手入れをすればいつまででも使えます。江戸時代の藁床でもちゃんと手入れをすれば今でも使えます。発砲スチロールの畳床など人工物で作った畳は、コストも安く作業性のメリットはありますが、劣化も早く、土にかえらない廃棄物となります。新海畳店では環境に良い自然素材のみを使っています。昔ながらの藁床はクッション性もあり機能性も良いですがコストも上がってしまうので、現在は木質ボードを使い、人と環境に良いもので対応しています。」
「最近では、畳の効果効能を理解してもらうワークショップを開いたり、防災訓練にも参加したりもしています。畳で寝たことがない小学生の体験にもなっています。畳の良さや認知度を上げるためにも、今後も畳に触れる機会を作っていきたいと思っています。」
“薄れゆく技術に直面して”
「浅間神社の少彦名(すくなひこな)神社は40年に1回改装をします。この改装年月では以前どのような仕事をしたかがわからなくなります。神社やお寺、伝統的な日本家屋、日本人の暮らしのためにも技術の伝承が重要と思います。畳は少しぐらい傷んでも生活できますし、張り替えのサイクルも長くなっているので、畳の仕事自体が減っている現実があります。職人のなり手も少なくなっています。畳屋自体も減り今後も増える見込みもありません。静岡では若手の畳職人は非常に少なく、静岡室内装備畳協同組合では20代は自分を含めて2人しかいません。技術を伝え職人を育てていかないと、日本建築の良い伝統や暮らしもなくなってしまいます。静岡は歴史的建物が多く、いい神社やお寺も多いので、腕のある職人さんの技術を終結してもっと技術伝承が発展してもいいのではないかと思います。」いい畳は人にも環境にも良い。伝統的な日本の建築は共通して人と自然の共存ある。日本の技術を持った職人さんは日本人の生活・社会・環境の循環を考えてくれている。私たちは、価格だけではない価値に気づき、良いものづくりから得られる「生活の質」にお金を払う意識を持つことで、職人さんを支えていけるのではないだろうか。
「幼稚園のときからピアノを習っていて、小学校ではブラスバンドで管楽器、6年生でコントラバスを弾いていました。以前はバンドを組んでベースを担当したり、今でも建築業界のイベントや、先日も浮月楼や施設のイベントに声をかけてもらうと、カルテットでコントラバスの演奏をしたりもしています。」
「休みの日はゲームなどインドアの趣味もありますが、海釣りが好きで焼津や由比に投げ釣りに行きます。車の運転も好きなので、休みが取れるときは、ドライブを兼ねて京都時代の釣り仲間と日本海まで行ったりします。去年は小豆島まで行きました。釣った魚は自分でさばいたり、昆布締めとかもしますよ。」趣味が多い新海さん。テクニックが必要な趣味を長く続けることができる、前向きで器用で最後までやりきる人柄が伺われる。これは仕事にも通じることであろう。
《スタッフの一言》
約1300年以上の歴史を持つ畳。日本の技術が受け継がれ、今でも日本人の暮らしに生きています。自然素材で作られた畳のぬくもり、い草の香りと効果、機能性や、他の素材とは全く異なる良さを、畳職人さんが私たちの暮らしの中に吹き込んでくれます。心が落ち着く場所には「畳にこだわる」のもいいですね。
『小粋な匠たち』でも技術伝承の応援をしていきたいと思います。